トルコ風アイス作ったw

どうしても以前スーパーで売られていたトルコ風アイスが食べたくなった。
あのめっちゃのびーるカップのアイス。
調べてみたら販売中止、だって。
あんなにおいしかったのに、どうして……
でも食べたいのでさらに調べると、どうやらみなさん自作しているようだ。
驚いたことに、長芋かなにか使っているんだと思ったら、
納豆を投入しているらしい。
そいえば納豆アイスって聞いたことあるな。
これはやるしかない。
ということで、朝一でコープに行って材料を買った。
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器に移したスーパーカップ君一個に対して、
とりあえず納豆をパックの半分を入れて、ただかき混ぜた。
混ざり始めた瞬間に、ものすごい粘り気が発生!
スプーンめっちゃ重いんですけど?!
やべーって一人で興奮しながらまぜまぜ。
あとで思ったけど、納豆の量はあんまりいらないのかも。
完成。
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一人だったので、撮影がうまくいかなかった。
見た目はぐろいけど、一応ちゃんと伸びるのだ。
食べてみると、全然納豆臭くない!
伸びるっていうより、粘る(´・ω・`)
さすがに豆をかみ続けていると納豆ぽくなってくるけど、
アイスの味がかなり濃いので気にならないどころか、結構いける。
やってみてよかったー(*´∀`*)
夏休みの自由研究に加えておこー。
もう夏休み終わっちゃったけど。
反省と次回に向けての改善点としては、
ちょっと納豆が多かったかな?っていうことと、
納豆の粒の大きさは妥当だったか検討の余地があるということと、
それから混ぜていると急速に溶け始めるのを何とかするっていうこと。
溶けるのに関しては、冷やしながら作るのがいいかもしれないけど、
アイスが冷えすぎると硬いので混ぜにくいという難点が。
どっちかとるしかないか。
あとで固めなおすのもありかも。
チョコチップも買ってきたから、半分残ってる納豆でそっちもやりたいな。
混ぜるだけの簡単操作なので、カップアイスを買ったときはぜひお試しあれ。

レーシック手術

レーシック手術を受けたい人が多いようだ。
大学生は視力を矯正している人が多く、
私の学校ではほとんどがメガネかコンタクトレンズを使っている。
現代の学生では裸眼だと「すげぇ」と言われるレベル。
近視はものすごく一般的なものだ。
強度の近視になると網膜の病気等が起こる危険が高くなるので
病気として扱われることもある。
遺伝的なものもあり、とくに強度近視の場合は親も強度近視ということも多い。
うちみたいに(笑)
PCやゲームが普及してきて、目を酷使する現代人は
若い頃近視ではなかった人も近視になったり、
一時的に近視に近い状態になったりすることもある。
レーシック手術は近視の治療として行われる手術の一つで、
一応20歳以上適応可能ということになっている。
強度近視の治療としては適さないが、自衛官や警察官で受ける人は多い。
同じように良い視力が必須な職業でも、正確さが問われるパイロットなどは、
かすむ・光を強く感じるなどのリスクの可能性があることから
手術は適さないと言われる。
レーシック手術の値段は病院によってだいぶ違う。
目の病気を別に持っている人は受けられないし、
完全にクリアに見える保証がないことや、
逆に合併症などを引き起こす可能性もあり、
矯正すれば生活に問題ないのだし、受けるか受けないかは君次第、
といったところ。
それでもコンタクトレンズやメガネの鬱陶しさを知っている人なら、
一度は興味を持つ。
私の友人にもレーシック手術を受けた人がいるが、
彼は光がまぶしく見えるようになった、ということ以外は問題なかった。
ちなみにレーシック手術の成功率は高いが、
それは視力が回復した割合で、
術後に視界がかすんだりまぶしかったりするのもかなり多いようだ。
でもそれじゃあやっぱり近視の治療は難しいのか、とも思われるが。
日本ではあまり知られていない治療法に
「オルソケラトロジー」というものがある。
寝ている時に特別な酵素とハードコンタクトレンズをつけていると、
昼間は何も着用せず矯正された視力で生活できるという代物。
アメリカでは広く普及しているが、日本ではまだまだ知られていない。
角膜の形を変化させるものだが、使用をやめると角膜が元に戻って視力ももどる。
だからレーシック手術のような永久的な矯正とはならないが、
逆にそれでいいのでは、と私は思う。
また、点眼薬による治療もあるようだ。
これについてはよく知らないので書かないけど
目薬自体は別にそこまで高いものでもないらしい。
ただ継続して使わないといけないのでは安いのかどうなのか。
あとは白内障の治療を受けた人が、眼内レンズをいれるように、
角膜と虹彩のあいだにレンズを入れて矯正するフェイキックIOLがある。
これはほかの治療で大きな障害となる強度近視(-10Dとか)の場合でも
有効な治療法とされる。
ちょっと知識不足で間違っているかもしれないが、
レーシックのようにレーザーで角膜を削ってしまうような治療よりも
レンズを取り除くだけで取り返しがつく、
ずっと安全なように感じるのは私だけか。
というかレンズを入れ替えられるとか、すごい画期的なのでは(笑)
もしやカラーレンズとかもあるのか???
私目が青か赤の人に生まれたかったんだよー。
そんな具合だが、個人的にはメガネが一番いいのではと思う。
ただし、見た目が気になったり生活で邪魔な場合も多く、
日常的にコンタクトレンズを使うなら、できるだけハードを使うべきだ。
(追記・そういえばコンタクトについてはこの記事で書いた→「コンタクトレンズと寄生虫」)
強度近視の人は一番近視に悩んでいるにもかかわらず
一般的な近視の治療のほとんどで適応外になってしまう。
リスクも大きい。
なかなか難しいものである。

中原中也の詩

本題にできるほど詳しいわけでもない詩人中原中也について。
暗唱できる彼の詩がひとつだけある。
「汚れつちまつた悲しみに……」
高校の頃に(国語総合ガイドでw)覚えたのだが、その頃から不思議だったのは
そもそも汚れちまった悲しみとはなんぞや、ということだった。
どんよりしたところがお気に入りなのでショックを受けるといつも心の中で
「汚れつちまつた悲しみ」のところだけ引用させていただく。
ちょっと調べてみても特別何かを指しているわけではないようだ。
暗い詩人ですし、そんなもんですか。
詩の全文を引用する。
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革衣
汚れちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる
汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
懈怠のうちに死を夢む
汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
(国語総合ガイドより・中原中也「汚れつちまつた悲しみに……」)
別に悲しいことがあったわけではないが、考えてみた。
悲しみが汚れるっていうのは、たぶんそのまんまの意味なんじゃないかな?
と考えるのだが、安直すぎるようなので、
もう少し考える。
イメージとしては「悲しみ君」がいて、ぼろぼろの乞食のような姿になって
寒空の下ひゅるるーんってなってるみたいな?
イメージが雑すぎて結局言葉通りなので、
もう少し頑張る。
悲しみが最初から汚れているとかなんか悲劇のヒロインみたいな感じじゃなく、
何かによって汚されたらしいのだが、
全文を見ると、どうやら自分そのものを悲しみに置き換えているようにも見える。
前半は悲しみがかなり抽象的だけど、
後半は中原中也自身とも捉えられる。
余談だが、中原中也は若くして亡くなっていて、
生きるって……辛いよね、的な詩が特徴的。
写真を見る限り可愛い顔してる。
生きていることで、人々のあいだで汚れてしまったということか?
たしかに百恵ちゃんも愛しあうと汚れるのかとか歌ってたけど。←違う
それとも、自分が汚れていると思うほど綺麗なものを知ってしまったとか?
どちらにせよ自分があんまりにも惨めに生きていて、
毎日が無為に過ぎていくような虚しさを感じる、と言っているようだ。
そんなことを感じる時がないでもないが。
リリスズムの詩が得意な詩人については、
あんまり深く考えても仕方ないって気分になってきた。
心の声というのは抽象的で曖昧で、抽象画みたいなものだから、
あれに見えたりこれに見えたりっていう議論は無用の
インスピレーションの世界、のようだ。
反面教師として毎日を大事に生きていこう←絶対違う